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わたしの事

酔っ払い

以前に比べて踊りに行ったときに飲む量が増えて、週末などは二日酔いに悩まされることもしばしば。そのたびに、”1杯しか飲まないぞ!”と思うのだが、やっぱり踊りに行くとついつい飲んでします。
同じカクテルばかり飲むので悪酔いするということはないのだが・・・

先日、いつも行くBar。友達と踊ったりおしゃべりしたり。
そしていつも通りに、いつもと同じものをいつもと同じ量飲んだ。
サルサナイトが終わりごろにはいつもディスコミュージックがかかるのだが、それに乗りながら踊っているのは覚えている。
そのあと、旦那と車に向かったのも覚えている。

私がその夜覚えているのはそこだけ。

朝起きると私はソファーの上。毛布がかかっている。
すぐに体を触ってみる。洋服が昨晩のまま・・・ということは帰ってきてそのまま寝た?
コンタクト・・・・つけたまま。
化粧・・・したまま。
記憶をたどる。覚えていない・・・・

旦那が起きてきたので聞いてみると、自宅のドアを開けた途端ソファーに直行したらしい。ブーツは一人では脱げなかったらしく、私は”靴が抜けない!”と叫んでいたらしい。結局旦那の力を借りてブーツを取り、その後ソファーに。
旦那がいくら私の手をひっぱろ起こしてベッドに連れて行こうとしても、”ここで寝るからいい!!”と。

とにかく何も覚えていない私。どのようにコートを着て、どのようにマフラーを巻いて、誰と一緒に外に出たのか、それさえも覚えていなくて、友達に挨拶して帰ったかなんて、覚えているわけもなく。

旦那に聞いたところ、みんなにあいさつしたとのこと。
翌日別の友達がチャットで、”昨日はかなり酔ってたね~”と。ははは。

実は旦那もかなり酔っていて、旦那がおぼえている範囲では、彼はみんなの前で冗談を言い笑わせていた、そして私も笑っていた(記憶なし)らしいのだが、一緒にいた友達の後日談によると、笑わせていたのは、私らしい。

翌週、再びそこへ踊りに行くとさらに新たなことがわかった。

その晩みんなで外へ出ると、ウサギがいたらしい。
そのウサギを私、旦那、そして友達の中にいた二人の酔っ払い、計4人で駐車場を駆け回るそのウサギを追いかけていたらしい。

やはりこれも記憶なし・・・・

よって記憶が無くなるって経験、初めてしました。

車、運転しなくてよかった!

それにしても笑える。暫くは友達に会うたびに笑われた。
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イタリア

イタリア政府のしたこと

1年以上前、インド洋上でイタリア海軍の監視船の船員が、ただ単なる漁船を”海賊船”と思い込み、銃撃し、インド人二人が犠牲になった。

それを”殺人事件”としてインド政府はイタリア海軍の船員二人を拘束。
1年以上たった今も裁判が始まらず、この二人のイタリア人はインドにとどまったまま。
裁判が始まらない原因は、どうやら裁判官が決まらない、ということらしいが・・・

さて、この二人、去年のクリスマスに、イタリア政府からのお願いと、インド政府の計らいでクリスマスをイタリアの家族と過ごせる許可が出た。クリスマス後にインドにすぐンい戻ることを条件に。

そして彼らは戻って行った。

数か月前、再びイタリアへの出国許可が。イタリアでの総選挙のため、投票する義務があるので、という理由から。
おそらくインドのイタリア大使館で投票ができたはずだが、そこはイタリアのずる賢さ、というか、選挙を理由にすればきっとインド政府はイタリアへの帰国を認めてくれるだろう、と思ったのだろう。

その通り、彼らは戻ってきた。
そしてその後イタリア政府の取った行動。

この二人を再びインドに戻すことを拒否。

当然インド政府は怒った。

私はこの話をニュースで聞いたとき、すぐにイタリア人の旦那に言った。

”家族の気持ちを考えると気の毒だが、このやり方は汚い。正しくない。インドに返すことを条件に出国許可をもらったのだから、それを「彼らはインドに戻しません」なんてすると、現在インドに住んでいるイタリア人の身が危なくなるよ。”と。

案の定・・・その数日後、インド政府はインド駐在のイタリア大使館のインドカからの出国を禁止した。

ほら、思った通り。
イタリアがそんな行動に出れば、現地に残るイタリア人がどの状況に置かれるかなんて、素人でもわかるのに・・・

結局イタリア政府はこの二人をインドに戻すことに。

インドだから、政府の”大使館出国禁止令”だけで済んだかもしれないけれど、これがどこかほかの国だったら、このイタリア政府の行動に怒った市民がイタリア人を無差別に拉致し、なんてことだって考えられる。

イタリアはもっと慎重に考えるべきであって、もし選挙を理由に二人を戻し、インドへの返還を拒否するつもりであったのならば、それを公表する前にインド滞在のイタリア人をすべてイタリアへ召還するべきだったのだろう

わたしの事

ご無沙汰してました・・・

2013年になりましたね。

FBというものが日課になってからはブログの更新なんて忘れてしまっていたのですが、とりあえず新年を迎えたということで、新年のあいさつを。

世界滅亡もなく、無事に2013年を迎えることができてうれしいです。
世界滅亡の予告日、イタリアでは、イタリア国内で”この町は助かる”と言われている町に向かう人が実際に何人もいたとか。

当日が近づいたらなぜか私もわけもなく怖くなってきたけれど、何も起こらなくてよかった。

2012年のクリスマスをイタリアの家族と過ごし、翌日日本へ。

母の大手術後はなるべく帰ることにしようと、頑張って帰っています。

日本でおいしいものを満喫しよう!と思っていたのに、旦那が途中から胃を悪くして(完全に食べすぎです・・・)食欲がなく、それに付き合わされて数日は大したごちそうも食べず、旦那の調子が良くなったと思ったら今度は私の調子が悪くなって。

思ったものをすべて食べられなかったのが残念。

家ではなかなかしない天ぷら、特に天丼が食べたかった・・・

10日間という短い滞在を終え、イタリアに戻ったとたんに入った訃報。

もう長いこと病院に入院していたおばが私のイタリアへの帰国と同時に亡くなった。
小さい時に、母子家庭だった私たち親子の面倒をよく見てくれた。

豪快に笑っていたあの姿が今もはっきりと頭に残っている。

母のすぐ上の姉。だから母とはものすごく仲が良かった。ここ数年は連絡が疎通にはなってはいたものの、いつも母は気にしていた。

母は、覚悟をしていたとはいえやはりかなり落ち込んでいた。

母とはいくつ違うんだろう?

やっぱり休みが長期に取れるときは毎回帰るようにしよう。そうしないといけない、と思った。


2013年、みんなが元気で過ごせますように。
健康が一番。

わたしの事

円形脱毛症

今年夏前に、額の生え際に小さな”はげ”を発見。
あれよ、あれよ、という間に大きくなってきて、急いで皮膚科に。

副腎皮質ホルモンのクリームを処方されて朝晩塗ること2か月ほど。夏休みに実家に戻っているときに、うっすらと産毛のようなものが生えてきた。

それがだんだんと育ってきましたね~。いま、1,5センチほどです。でも、最初に抜け始めた個所はまだしっかりと生えてきていなくて・・・しかも、白髪というか、金髪というか、とにかく黒くない毛が1センチほどの範囲であって、その周りは黒い毛がしっかりと生えてきてます。

たまに見かける、前髪の一部だけが白髪、という事になるのかも。

この場所が生えだしたら、なんと別の場所に新たに脱毛している場所が。
今そこにクリームをせっせと塗ってます。

友達が通う美容院の人の話だと、単なる皮膚科ではダメらしく、精神心理科を併用している皮膚科に行かないといけないらしい。ほとんどがストレスからくるらしく、たとえば家族を亡くしたとか、大切な人を無くしたとか、そういうことが、本人が考える以上にストレスになるらしい。

みんなに、”考えすぎないようにね”とか、”思い込んだら駄目だよ~”とか言われるけれど、本人はそこまで悩む事柄に遭遇していないと思っているので、考えすぎないようにと言われても、何を考えすぎないようにしたらいいのかわからない、という状態であります。

今は少しずつ長くなっている髪の毛を見るのが楽しみになっています。
でも、ほかの髪の毛の長さまで到着するのに何年かかるんだろうか???

未分類

脱税?

先日、有名な日本人バイオリニストが乗り継ぎのフランクフルトの空港で、自分の分身と言えるヴァイオリンを没収された。

音楽家の商売道具としてではなく、骨董品として見られてしまったためらしい。
関税に、罰金、閉めて3800万円ほどを請求されているとか。

このニュースを聞いて、以前私の身に起こったこれまたフランクフルトの空港での出来事を思い出した。

何年か前、里帰り時にビデオカメラを買い、機内持ち込み用のバッグの中に入れた。
フランクフルトでトリノ行の飛行機のゲートに向かう途中、パスポート検査を終わり税関検査員の前を通りゲートへ。

その時、なぜか私だけある女性検査員に止められた。

”ちょっと待ちなさい。かばんの中調べるからこっちに来て!”と。

中からビデオカメラが出てきた。それと同時に私はレシートを取り出し、いくらだったかを見せた。
バッテリーの新しいのも一緒にあり、値段を聞かれた。2枚に分かれたレシートを見せ、当然値段の高いほうを差出、”これがビデオカメラのもので、こちらの値段がバッテリー”と何度も繰り返した。私のわずかな英語能力で。

事務所に連れて行かれ何やら書類を見せられ、サインを要求され、税金を払うように言われた。
その際に身分証の提示を求められ、日本の住民登録証とイタリアの住民登録証、両方見せた。
そして、しきりに”あなたは税金を払わないといけないものを持っていながら、それを隠して税関を通り過ぎようとした”と言っていた。
結局税金を支払わされ、今回のヴァイオリニストのように、脱税の罪を着せられ、罰金とともに全部で37000円ほどの支払いになった。

私を引き留めた女性検査員はひとしきり強い口調で何かと私に説明しながら、私が英語はわからないから誰か日本語を話す人を呼んでくれ、あるいはイタリア語を話す人を呼んでくれ、とお願いしたのに、彼女は間髪入れずに”ダメ!”と、一人で早口の英語で何やら私を責めていた。

その後別の職員が私のところにやってきて、税金の支払いを請求してきた。その際に、”英語わかる?彼女の言ったことわかった?”と聞くので、”英語はあまりわからないので、行っていたことはわからなかった”というと、まるで”気の毒に・・・・”というような優しい目で私を見てから、”それでも規則なので・・・”と。

ビデカメラは個人使用を目的として買ったもので値段だってそんなに高いものではない。それに私は日本にも住所を置いている身。なので、イタリアに持っていくことが個人輸入ともならない。

ところが、実際は150ユーロを超えるものはどうやら申告しないといけないらしい。

その後、いろんな人に話を聞いてもらうと、フランクフルトの税関職員の対応は間違っていたということが判明。つまり、仮に私が商品をかくして持ち込もうとしたとしたところで、言葉のわからない人に対して、その人がわかる言葉を話す人を立ち会わせて状況を説明しないのは法律的に違反している。私が要求したのにもかかわらず、だ。そして、その言葉がわからない人に一方的に状況を話し、書類にサインさせた場合は、そのサインは無効となる、ということ。

当時通っていたイタリア語の学校にドイツ人の女性がいて、彼女の家にベビーシッターのバイトにも行っていたこともあって、彼女たちが全面的に協力してくれた。
幸い彼女の友達がドイツの税関で働いているということで、まず状況を説明してみたら、やはり職員の行動は根本的に間違っているので、払った税金と罰金は戻ってくるということ。

そのためにどうしたらいいのかも、書類のドイツ語への翻訳も、すべてこのドイツ人の友達が助けてくれた。

ドイツというお国柄、こちらの要求に対し遅くても1週間以内には回答をくれ、数回やり取りをし、謝罪の書面が届いた。

その数週間後、小切手が。

私は今回のヴァイオリニストの話を聞いて、私は思った。

もしかしたらあの時私を止めたあの女性検査官がこのヴァイオリニストを止めたのではないか?と。

そうそう、散々例の女性検査官に捲し上げられた後、お金を取りに来た職員のおじさんが、”運が悪かったね・・・”と言っていた。
でも、お金戻ってきてよかったけど。

プロフィール

yoko de torino

Author:yoko de torino
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